職人たちの声

壊れた器に息吹を:金継ぎ職人が織りなす再生の美学

Tags: 金継ぎ, 伝統工芸, 修復, 日本の文化, 職人技

日本の伝統工芸を支える職人たちの想いや技術に迫るインタビュー記事サイト『職人たちの声』。本日は、永い時を経て受け継がれてきた日本の美意識を体現する「金継ぎ」の修復師、坂本健太郎氏にお話を伺います。

職人紹介:不完全さの中に宿る美を見つめて

坂本健太郎氏は、東京藝術大学で日本画を専攻後、伝統的な金継ぎの技法に魅せられ、その道に進みました。数寄者として知られる祖父の影響で幼い頃から古美術に触れ、壊れた器が修復され、新たな景色を得ていく姿に感銘を受けたことが、金継ぎの道へ進む大きなきっかけであったと語ります。金継ぎは、割れや欠けが生じた陶磁器などを漆で接着し、金や銀などの金属粉で装飾することで、傷を「景色」として昇華させる日本の伝統的な修復技術です。単なる修理に留まらず、不完全さを受け入れ、そこに新たな美を見出す日本の美意識「侘び寂び」を象徴する工芸として、国内外から高い評価を受けています。坂本氏は、この金継ぎを通して、現代社会における「もの」との向き合い方、そして「いのち」を慈しむ心を伝えています。

技術の核心:漆と金が織りなす悠久の技

金継ぎの工程は、極めて繊細であり、時間と根気を要します。坂本氏は、その核心を「漆との対話」と表現します。

まず、破損した器の破片を接着する作業から始まります。ここでは、米粉と水、生漆を練り合わせた「麦漆(むぎうるし)」が接着剤として用いられます。麦漆は乾燥に時間がかかりますが、高い接着強度を誇ります。乾燥には温度と湿度が管理された「漆風呂(うるしぶろ)」という環境が必要不可欠であり、漆が硬化する「乾き」の特性を熟知していなければなりません。

次に、欠けた部分を埋める作業です。「刻苧漆(こくそうるし)」や「錆漆(さびうるし)」と呼ばれる、漆と木粉や砥の粉(とのこ)などを混ぜたパテ状の漆を用いて、器の元の形に忠実に、あるいは意図的に形を変えて成形します。この成形された部分を水研ぎで滑らかに整え、さらに上質な漆を塗っては研ぐ作業を繰り返します。これを「下地」と呼び、この工程の丁寧さが、最終的な仕上がりの美しさを左右します。

最後の工程が、金粉を蒔く「蒔絵(まきえ)」の技法です。漆が半乾きの状態で、極めて微細な金粉を、真綿や毛筆を用いて均一に蒔き付けます。この時の漆の見極めが最も重要であり、乾きすぎても金が定着せず、湿りすぎても金が沈んで輝きを失います。坂本氏は、「漆は生き物です。その日の気候や湿度、器の材質によって、最適な状態を見極める眼と手が求められます」と語ります。金粉の蒔き方一つにも、職人の長年の経験と感性が凝縮されています。

職人の哲学・想い:器の物語を継ぐ者として

坂本氏が金継ぎの道を選んだのは、単なる技術への興味だけではありませんでした。「壊れたものを単に捨てるのではなく、修復することで新たな価値を与え、その器が持つ物語を未来へと繋ぐことに、強い使命感を感じたのです」と、その原点を語ります。

彼の仕事への情熱は、器一つ一つとの深い対話から生まれます。依頼された器がどのような歴史を辿ってきたのか、誰に愛され、どのような場面で使われてきたのか。そうした背景に想いを馳せながら、最適な修復方法を模索します。「金継ぎは、器が辿ってきた軌跡を消し去るのではなく、むしろそれを輝かせ、器の『いのち』を再構築する作業です」と坂本氏は言います。

伝統を守り伝えることについては、「型を破るためには、まず型を知り尽くすことが重要です。先人が築き上げた確かな技術の上に、現代の感性や器の特性に応じた柔軟な発想を加えていく。それが、伝統を未来に繋ぐ道だと信じています」と、伝統と革新へのバランスの取れた視点を示します。

創作における苦労は、漆の微妙な状態の見極めや、想像以上に破損が深刻な器との対峙です。しかし、それらの困難を乗り越え、修復を終えた器が新たな輝きを放ち、依頼主の喜ぶ顔を見た時が、何よりも大きな喜びであると語ります。

作品との対話:傷跡は、新たな「景色」となる

坂本氏の作品は、器の個性を最大限に尊重し、傷跡を単なる修復箇所ではなく、器の持つ新たな「景色」として昇華させている点が特徴です。例えば、氏が修復を手がけたある古伊万里の皿は、中央に深く入った亀裂が金で繋がれ、まるで新たな文様が描かれたかのような印象を与えます。元の絵付けと金の線が絶妙に調和し、器の歴史の深みを一層引き立てています。

作品の見どころは、金の線が描く緩やかな曲線と、それが器の釉薬の色や質感とどのように響き合っているかという点です。また、光の当たり方によって金の輝きが変化し、様々な表情を見せるのも魅力の一つです。

金継ぎされた器は、漆と金で仕上げられているため、手入れには細心の注意が必要です。食洗機や電子レンジの使用は避け、柔らかいスポンジと中性洗剤で優しく洗い、すぐに水気を拭き取ることが推奨されます。これにより、金継ぎの美しさを長く保つことができます。坂本氏は、「手入れもまた、器への愛情表現の一つです」と、ものへの慈しみを促します。

まとめ:不完全さの中に宿る、尽きぬ美の探求

坂本健太郎氏の金継ぎは、単に壊れたものを直す技術を超え、不完全さの中に新たな価値を見出し、再生の美学を追求するものです。漆と金が織りなす伝統の技は、器が辿ってきた物語を紡ぎ、未来へと継承する役割を担っています。

私たちはとかく、完璧さを追求しがちです。しかし、坂本氏の仕事は、傷や欠けもまた、器の個性であり、歴史の証であるという示唆を与えてくれます。壊れたものを慈しみ、そこに新たな息吹を吹き込む金継ぎの精神は、現代社会において忘れられがちな「ものを大切にする心」を私たちに思い出させてくれるのではないでしょうか。坂本氏の作品に触れることは、日本の伝統的な美意識と、ものへの深い愛着を再認識する貴重な機会となるでしょう。