職人たちの声

漆の宇宙に描く:蒔絵師、佐竹 祐介が伝える悠久の美と伝統の継承

Tags: 蒔絵, 漆器, 伝統工芸, 職人, 佐竹祐介

日本の伝統工芸を支える職人たちの想いや技術に迫るインタビュー記事サイト『職人たちの声』へようこそ。今回は、悠久の時を超えて受け継がれる漆の美を追求し、繊細な手技で新たな命を吹き込む蒔絵師、佐竹 祐介氏にお話を伺いました。氏の作品に込められた哲学、そして伝統工芸の未来を見据えるその「声」に耳を傾けます。

職人紹介:漆の宇宙を描く蒔絵師、佐竹 祐介

蒔絵とは、漆で描いた絵や文様に金や銀などの金属粉を蒔きつけ、漆を塗り重ねて研ぎ出すことで文様を定着させる、漆器を装飾する日本独自の高度な技術です。古くは平安時代に確立され、その優美さと堅牢性から、貴族の調度品や武家の武具、そして近代以降は生活工芸品として広く愛されてきました。

今回ご紹介する佐竹 祐介氏は、京都に居を構える蒔絵師です。幼少期に美術館で出会った古い蒔絵の香合に心を奪われたことをきっかけに、この道に進むことを決意されました。人間国宝に師事し、十数年の修業を経て独立。伝統的な技術の継承に深く根ざしながらも、現代の生活空間に調和する新たな表現を模求し、国内外で高い評価を得ていらっしゃいます。氏の作品は、漆の持つ奥深い黒の中から浮かび上がる金銀の輝きが、まるで宇宙の星々を思わせるような奥行きと静謐な美しさを湛えています。

技術の核心:漆と対話する精緻なる手技

蒔絵の制作は、気の遠くなるような細やかな工程の連続です。佐竹氏は、このプロセスを「漆という生き物との対話」と表現されます。

「蒔絵の最も重要な技術は、漆の特性をいかに理解し、制御するかという点にあります」と佐竹氏は語ります。「漆は、湿度と温度によって硬化する非常にデリケートな素材です。最適な環境を整え、その日の漆の状態を見極めながら作業を進める必要があります。」

具体的な工程としては、まず、素地(木地や金属など)に漆を塗って下地を作り、乾燥させた後、絵筆で文様を描きます。この時、文様が描かれる部分には、漆が乾燥する前に金粉や銀粉を蒔きつけます。これを「蒔く」と称します。金粉の種類や蒔き方一つで、仕上がりの輝きや立体感が大きく変わります。例えば、微細な「梨地粉(なしじこ)」を蒔くことで、梨の肌のようなしっとりとした質感を表現したり、より粗い粉を蒔いて重厚感を出すことも可能です。

佐竹氏が得意とされる技法の一つに「高蒔絵(たかまきえ)」があります。これは、漆に炭粉や砥の粉を混ぜて文様を盛り上げ、その上から蒔絵を施すことで、立体的な表現を生み出す技術です。特に氏の作品では、「薄肉高蒔絵(うすにくたかまきえ)」という、わずかに盛り上げることで繊細な陰影と奥行きを出す技法が用いられています。この盛り上げの均一さ、そしてその上に繊細な筆致で絵を描き、金粉を蒔きつける技術には、長年の経験と研ぎ澄まされた集中力が求められます。

「蒔絵筆もまた、職人の魂が宿る道具です」と佐竹氏は続けます。「髪の毛よりも細い線を描くための極細の筆や、広範囲に漆を塗るための筆など、様々な種類の筆を使い分けます。筆先のわずかなブレが作品の質を左右するため、常に感覚を研ぎ澄ませています。」

職人の哲学・想い:伝統に息づく現代の美

佐竹氏は、なぜこの漆の世界を選んだのでしょうか。

「幼い頃、美術館で偶然目にした平安時代の蒔絵の香合が、私の人生を決定づけました。何百年も前の人が作ったものが、今もなお、その輝きを失わずにそこに存在している。その悠久の美しさと、漆という素材が持つ神秘性に深く惹かれました。」

氏の仕事への情熱は、漆という素材への深い敬意から生まれています。「漆は、自然の恵みであり、日本の風土が生み出した奇跡的な素材です。その生き物のような特性を理解し、最高の状態を引き出すことが職人の務めだと考えています。漆の乾き具合、粘度、そして季節による変化まで、全てが作品に影響を与えます。漆との対話なくして、真の蒔絵は生まれません。」

伝統を守り伝えることへの考え方も、佐竹氏の哲学を形成しています。「伝統とは、ただ昔のものを模倣するだけではありません。過去の技術と精神を深く理解し、現代の感性を通して再構築することで、初めて未来へと繋がっていくものだと信じています。私の作品が、現代を生きる人々の心に響き、漆器の新たな価値を発見するきっかけとなれば幸いです。」

創作における苦労は絶えません。特に、蒔絵は一度描いたらやり直しが利きません。緻密な計画と、一瞬の集中力が必要とされます。しかし、その先に待つ完成の喜びは格別だと言います。「長い時間をかけ、心を込めて作り上げた作品が、私の想像を超えた輝きを放つ瞬間、これ以上の喜びはありません。」

作品との対話:静寂の中の輝き

佐竹氏の代表的な作品の一つに「月影」と題された香合があります。これは、満月の光が水面に映り込む情景を、黒漆と研出蒔絵(とぎだしまきえ)で表現した作品です。研出蒔絵とは、漆で描いた文様に金粉を蒔きつけ、その上からさらに漆を塗り重ねて完全に乾燥させた後、炭で研ぎ出し、文様を再び浮かび上がらせる技法です。この技法により、文様が漆の層の中に閉じ込められ、奥深く落ち着いた光沢が生まれます。

「『月影』は、静寂の中にも確かな存在感を放つ月の光を表現したかったのです」と佐竹氏は語ります。「漆の深い闇の中に、研ぎ出された金銀の粉が微かに光を放つ様は、まるで夜空に浮かぶ月そのもののようです。見る角度や光の当たり方によって、その輝きが微妙に変化するのも見どころです。手にとってくださる方が、作品を通して自然の壮大さや、時の流れを感じていただければ、これに勝る喜びはありません。」

このような蒔絵作品は、その美しさだけでなく、適切な手入れをすることで永くその輝きを保ちます。佐竹氏は、「漆器は生きています。直射日光や極端な乾燥、高温多湿を避け、使用後は柔らかい乾いた布で優しく拭いてください。時間の経過と共に漆の艶が増し、より深みのある風合いへと変化していく過程も、漆器の魅力の一つです」と、作品と長く付き合うためのアドバイスを添えられました。

まとめ:漆が紡ぐ、未来へのメッセージ

佐竹 祐介氏の言葉からは、伝統の重みを背負いながらも、常に新しい表現を模索し続ける職人の真摯な姿勢が伝わってきました。漆という素材と真摯に向き合い、精緻な技術と豊かな感性で生み出される蒔絵は、単なる工芸品を超え、見る者の心に深い感動と静かな思索をもたらします。

「漆は、私たちに多くのことを教えてくれます。忍耐、集中、そして自然との共存。私の作品を通して、漆器が持つ奥深い美しさや、日本の文化に宿る精神性を感じていただければ幸いです。そして、この伝統が未来へと継承されていくことこそが、私の願いです。」

氏の作品は、時を超えて輝きを放ち続ける漆の宇宙を、現代に生きる私たちにそっと語りかけているかのようです。佐竹氏の情熱が込められた蒔絵に触れることは、日本の伝統美の奥深さに触れること。ぜひ、その輝きを直接ご覧になり、漆が紡ぐ悠久の物語を感じてみてください。